カタルーニャ図(アブラハム・クレスケス)

               

マッパ・ムンディとポルトラーノ海図。

どちらも中世ヨーロッパで利用されていた地図なのですが、地理的正確性に重きを置かず宗教的な色彩が濃厚な前者と、航海での利用のために海岸線を写実的に描いていた後者は一見相入れないもののように思えるかもしれません。

しかし、14世紀後半のスペイン・マヨルカ島で「カタルーニャ図」という両者が融合した地図が作られました。

今回はそんな「カタルーニャ図」について、その特徴や製作意図を掘り下げていきたいと思います!

 

地図の概要

カタルーニャ図

名称(日本語)カタルーニャ図
名称(英語)Catalan Atlas
製作時期1375年
製作場所パルマ・デ・マヨルカ(スペイン)
所蔵場所フランス国立図書館(フランス・パリ)
作者アブラハム・クレスケス
材質羊皮紙
大きさ縦69cm×横390cm

「カタルーニャ図」はアブラハム・クレスケスによって1375年に作られた世界地図です。
当時ヨーロッパ人に知られていたヨーロッパ・アフリカ北部・アジア地域を描いています。

ポルトラーノ海図とマッパ・ムンディという2つの系統の地図の特徴を有しています。

 

地図の作者

この地図の作者はユダヤ人装飾写本家のアブラハム・クレスケスという人物です。彼は後で説明するマヨルカ派という地図製作学派の代表的な地図製作者でした。
彼は地図製作のほか、時計やコンパス、その他航海用品の製作にも従事していたようです。

またアブラハムにはイェフダー・クレスケスという息子がおり、彼もまたカタルーニャ図の製作に関わっていたことがわかっています。

 

製作の経緯

アブラハム・クレスケスはアラゴン王国のフアン王子(のちの国王フアン1世)の命でカタルーニャ図を製作しています。

フアン1世

アラゴン国王 フアン1世

それはのちにフランス国王シャルル6世となるフアン王子のいとこに贈るためのものでした。フアン王子は従来のポルトラーノ海図とは異なるものが欲しかったようで、そのためにアジアまで含めた地図を求めたようです。

こうして1375年に息子のイェフダーとともに作ったのがこの「カタルーニャ図」でした。

 

 

地図の特徴

地図の形式

カタルーニャ図は6枚の羊皮紙から成り立っていますが、そのうちで地図を構成するのは最初の2枚を除く4枚です。

最初の2枚は宇宙誌や天文学、占星術に関する内容のものになっています。

カタルーニャ図1枚目

「カタルーニャ図」の1枚目

カタルーニャ図2枚目

「カタルーニャ図」の2枚目

 

ポルトラーノ海図とマッパ・ムンディ

前述のようにこの地図は当時のヨーロッパの代表的な2つの種類の地図であるポルトラーノ海図とマッパ・ムンディ両方の特徴を持っているものです。

それぞれの特徴は以下の項で紹介していきます。

 

 

ポルトラーノ海図

カタルーニャ図では中世以降のヨーロッパで使われていたポルトラーノ海図と呼ばれる海図の特徴が見られます。

【関連記事】

ポルトラーノ海図とは?その特徴や起源を解説!
この記事のテーマは「ポルトラーノ海図」と呼ばれる中世ヨーロッパで利用されていた海図です。その特徴や起源、種類などについて実際の画像とともに紹介します!現存する最古のものは13世紀後半のものであり、近代的な地図が登場する1600年頃まで利用されていました。

まずは海岸線の描写で、他のポルトラーノ海図と同じように地中海沿岸地域の海岸線は非常に写実的になっています。一方でアジア地域の海岸線はかなり大雑把に描かれています。

また地図上に黒や赤や緑の直線が張り巡らされていますが、こうした航程線もポルトラーノ海図の大きな特徴の一つです。
なお航程線は航海士が海上で目的地への方角を確認するために利用していました。

コンパスローズと航程線

「カタルーニャ図」上のコンパスローズと航程線

ポルトラーノ海図にはその形式によってイタリア派とマヨルカ派の2種類に分けられるのですが、カタルーニャ図はマヨルカ島で製作されたことからもわかるようにマヨルカ派に属します。

マヨルカ派の地図の特徴はイタリア派が海図として必要最低限な内容のみに絞っている一方で、内陸部の描写や装飾にも力を入れていることです。

ピサ図

イタリア派のポルトラーノ海図の例(「ピサ図」13世紀後半)

 

 

マッパ・ムンディ

また、カタルーニャ図はマッパ・ムンディの一種であると分類することもできます。
マッパ・ムンディとは中世ヨーロッパで作られた世界地図を総称のことです。

マッパ・ムンディは地理的な正確性よりもキリスト教や伝承、歴史に関する情報の伝達に重点を置いていることがその特徴と言えます。
詳しい説明は以下の記事をご覧ください。

マッパ・ムンディとは? 〜その分類や特徴〜
マッパ・ムンディというのは一言で表すと中世ヨーロッパで作られた世界地図のことなのですが、その形式によって様々な種類に分類できます。そこで今回はマッパ・ムンディの4つの分類の特徴の解説や、各分類に属する地図の紹介をしたいと思います!

カタルーニャ図は前述のようにポルトラーノ海図の影響も受けていることから、マッパ・ムンディの中でもいわゆる「過渡期マップ」に分類されます。

 

カタルーニャ図の中のマッパ・ムンディ的な要素としては東や北東地域の描写が挙げられます。

当時はヨーロッパにとって同地域に関する情報が少ない時代であったため、地中海沿岸地域と比較して東のアジア地域の海岸線の描写はかなり曖昧になっています。

また北東地域を中心にマッパ・ムンディ特有の聖書や伝承などに関する図像や記述が多数見られるので、その一部を紹介します。

 

聖書関連の図像・記述

ノアの箱舟

ノアの箱舟

アララト山には『旧約聖書』に登場し、他のマッパ・ムンディにもよく見られるノアの箱舟が描かれています。

ノアの箱船

13世紀のマッパ・ムンディ(エプストルフの世界図)上のノアの箱舟

 

ゴグとマゴグ

ゴグとマゴグ

旧約聖書の『エゼキエル書』や新約聖書の『ヨハネの黙示録』に登場するゴグとマゴグに関する図像です。
タタール人と関連付けられたゴグとマゴグの王子として、馬上に描かれた人物の周りを人々が取り囲んでいます。

カタルーニャ図上では図像を伴っていますが、他の多くのマッパ・ムンディ上ではゴグとマゴグは文章だけの形で登場します。

北東の壁

ヘレフォード図」上のゴグとマゴグに関連する記述

 

反キリスト

反キリスト

イエス・キリストに偽装してイエスの教えに背く者のことを反キリストと言いますが、カタルーニャ図にはそんな反キリストと彼を取り巻く聖職者や信者が描かれています。

 

伝承・歴史関連の図像

アレクサンダー大王

アレクサンダー大王

中世ヨーロッパで人気を博していたアレクサンダー大王伝説に関連して、アレクサンダー大王自身が描かれています。

この場面は大王がサタンの協力でゴグとマゴグを北東の地域に閉じ込めているところです。

 

マルコ・ポーロ

マルコ・ポーロ

北東の端から少し西に目を向けると馬やラクダを連れた一隊が見えます。

これは『東方見聞録』で有名なマルコ・ポーロ一行であり、中央アジアから中国へと移動している様子を描いています。

 

クビライ(フビライ)

クビライ

アレクサンダー大王とサタンのすぐ下には逆さまの状態でモンゴル帝国の第5代皇帝クビライがいます。

ちなみに、上で紹介したマルコ・ポーロは東方への旅行の中でクビライに仕えていたとされています。

 

 

製作意図

アラゴン王国のフアン王子の命令で作られたカタルーニャ図ですが、クレスケスがこのような地図を作ったのにはある意図があると考えられています。

それはユダヤ人としてキリスト教徒の聖書観に対する対抗を示すというものです。

 

14世紀後半のヨーロッパは反ユダヤ主義の強い時代でした。戦争や飢饉、ペスト(黒死病)の流行などによりヨーロッパ社会は不安定であり、ユダヤ人を追放しようとする機運が高まっていました。

ペストの流行を描いた絵画

ペストの流行を描いた絵画

こうした時代の中でゴグとマゴグがユダヤ人と結び付けられたり、ユダヤ人は反キリストの仲間であるといった価値観が存在していました。

クレスケスはユダヤ人として、キリスト教徒のこうした聖書の解釈に反抗したかったのではないかと考えられているのです。
カタルーニャ図上でゴグとマゴグがタタール人と結び付けられていたり、他のマッパ・ムンディではあまり見られない反キリストが描かれていることもこうした意図に基づいたものであると推察できます。

 

 

まとめ

POINT

  • 「カタルーニャ図」はユダヤ人写本装飾家のアブラハム・クレスケスによって作られた。
  • ポルトラーノ海図とマッパ・ムンディ両方の特徴を併せ持つ。
  • アラゴン王国王子の命で作られたが、ユダヤ人によるキリスト教徒の聖書観への反抗という宗教的意図も考えられる。

装飾が豪華で見ているだけで楽しめるのはもちろん、その意図まで読み解くと当時の社会情勢が見えてきてとても興味深いですね。

 

 

参考文献


織田武雄 (2018) 『地図の歴史 世界篇・日本篇』講談社.

ルーニー, アン (2016) 『地図の物語 人類は地図で何を伝えようとしてきたのか』井田仁康日本語版監修, 高作白子訳, 日経ナショナルジオグラフィック社.

Huffman, Anthony M. “The Catalan Atlas of 1375 and Competing Eschatological Views Among Jews and Christians.” ARTH 455, 2017.

Woodward, David. “Medieval Mappaemundi”  The History of Cartography, Volume 1 Cartography in Prehistoric, Ancient, and Medieval Europe and the Mediterranean, edited by J. B. Harley and David Woodward, 1987.

クビライ – Wikipedia

ゴグとマゴグ – Wikipedia

反キリスト – Wikipedia

反ユダヤ主義 – Wikipedia

Abraham Cresques – Wikipedia

Catalan Atlas Legends – The Cresques Project

Catalan Atlas – Wikipedia

The Catalan Atlas – Travelers Along the Silk Roads, 10th Century to the Present @ Pitt – LibGuides at University of Pittsburgh

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました