アングロサクソンマップ(Anglo-Saxon Mappa Mundi)

               

アングロサクソンマップ

 

名称(日本語)アングロサクソンマップ
名称(英語)Anglo-Saxon Mappa Mundi / Cotton Map
製作時期1025〜1050年頃
所蔵場所大英図書館(イングランド・ロンドン)
作者不詳(プリスキアヌスの写本より)
材質写本
大きさ縦21cm×横17cm

 

アングロサクソンマップは1025〜1050年頃に描かれたマッパ・ムンディです。

作者は不明ですが、6世紀初頭に活躍した学者プリスキアヌスの『ペリエゲテース』の写本の一部です。

英語名はAnglo-Saxon Mappa Mundiのほか、Cotton Mapとも呼ばれています。

 

 

地図の特徴

地図の形式

アングロサクソンマップは他の多くのマッパ・ムンディと同じく、東が上となっています。

また、上部にアジア、左下にヨーロッパ、右下にアフリカが描かれていることから、マッパ・ムンディの中での分類上は三分マップになります。

 

しかし、同種の他のマッパ・ムンディとは異なる点もあります。

マッパ・ムンディは円形もしくは楕円形のものが多かったのに対し、アングロサクソンマップは長方形をしています。

長方形であるがゆえに隅にスペースが生まれ、左下に描かれているブリテン諸島をより詳細に描くことが可能となっています。

 

 

北ヨーロッパの詳細さ

この地図の大きな特徴として、他のマッパ・ムンディと比較して北ヨーロッパを詳細に描いている点が挙げられます。

この地図はイングランドのカンタベリーで描かれたと考えられています。
イギリス製ということで情報が多分に手に入ったこと、そして前項目で述べたように隅にスペースがある長方形の地図であることから、ブリテン諸島を比較的正確に描いた最初期の地図となっています。

またスカンジナビア半島についても比較的詳細に描かれています。

ブリテン諸島とスカンジナビア

ブリテン諸島(下)とスカンジナビア半島(左上)

 

 

地図の情報源

『古英語版オロシウス』

上述のようにイギリスをはじめ北ヨーロッパに重点を置くこの様式は、『古英語版オロシウス』に倣ったものとされます。
ここで言う『古英語版オロシウス』とは、オロシウス著『異教徒に反駁する歴史』の古英語訳バージョンです。

オロシウスは4〜5世紀頃に活躍したとされる学者ですが、地図の製作と同時期の11世紀初頭に書かれた彼の著書の写本が複数見つかっていることから、その影響が伺えます。

なおこの地図には、基となったより大きな地図があったと言われており、その情報源の一つとなったのがこの『古英語版オロシウス』であると考えられています。

古英語版オロシウス

『古英語版オロシウス』の一部

 

こうした『古英語版オロシウス』の情報に、当時の最新の情報が加わることによって、より詳細な描写が可能になっています。

 

 

ローマ時代の情報

しかし、この他の情報源はローマ時代にまで遡ることができます。

この地図は、紀元前1世紀の終わりに初代ローマ帝国皇帝・アウグストゥスの娘婿であるマルクス・ウィプサニウス・アグリッパによって編纂された世界地図の後継であると考えられています。
アグリッパによる地図は紀元前44年にユリウス・カエサルが命じた戸口調査に基づいて作られたとされています。

 

こうしたローマ時代の情報は、カロリング朝時代のフランク王国を通じて伝わったと考えられます。カロリング朝では「カロリング・ルネサンス」と呼ばれる古典復興運動が起こり、様々な文献の写本が作られました。

このような写本がフランク王国からイングランドに伝わり、地図製作にも影響を与えたと考えられます。

 

地中海上の島々の描写や細長く描かれた黒海、ブリテン島とスペインが近接している点や丸くなったユトランド半島などが地理的な特徴として挙げられますが、これらはローマ時代の地図の特徴を受け継いでいると考えられています。
そして、これらの特徴は後世のマッパ・ムンディにも影響を与えています。

黒海

黒海

 

また次項目で紹介しますが、一部の記述は聖書が起源となっています。

 

 

地図の特異性

アングロサクソンマップは、その形式から三分マップに分類されるマッパ・ムンディですが、同区分の後世のマッパ・ムンディと比較して異なる部分があります。

 

前述の地図の形(長方形)もそうですが、もう一つ重要な違いとして、地理的情報に重きを置いていることが挙げられます。
つまり、ヘレフォード図エプストルフの世界図などに見られるような聖書や伝承に関連する図像や説明がほとんど見られないのです。

前項目で述べたように、確かに一部の記述は聖書を起源としているのですが、数としては他のマッパ・ムンディに比べて圧倒的に少なくなっています。

 

聖書関連のものの例として、ノアの方舟やシナイ山(モーセが十戒を授かったとされる場所)、出エジプトの際にモーセが海を割ったとされている場所などが挙げられます。

ノアの方舟

ノアの方舟

シナイ山と割れた海

シナイ山と割れた海

 

しかしこれらの記述及び図像は全て旧約聖書からのもので、例えば「ヘレフォード図」や本地図よりも小さい「ロンドン詩篇の世界図」などでさえ見られるような新約聖書関連のもの(イエス・キリストなど)はこの地図では影を潜めています。

イエス・キリスト

イエス・キリスト(ヘレフォード図)

 

 

また伝承関連の記述や図像に関しても同じことが言えます。

犬頭人をはじめとする他のマッパ・ムンディで見られる怪物たちは、アングロサクソンマップでは全く見られません。

犬頭人

犬頭人(エプストルフの世界図)

モンスターギャラリー

怪物たちが並ぶモンスターギャラリー(ロンドン詩篇の世界図)

 

 

また、動物の図像も中世ヨーロッパで人気を博していた動物寓意譚(各動物の持つ特徴を聖書の教えと結びつけて語られた伝承)と結びつけて描かれることが多いのですが、地図の左上、アジアの部分で見られるライオン以外はこの地図には描かれていません。

ライオン

ライオン

 

もっともこのライオンの図像に関しても、伝承上の意味よりもスペースを埋めるためのものとしての意味合いが強いと考えられています。

 

 

 

製作意図

上記の特徴や特異性を踏まえた上で、アングロサクソンマップの製作意図を汲み取ってみましょう。

『古英語版オロシウス』に倣い自分たちの住むブリテン諸島を詳細に描いていることから、イングランドの主権をアピールする目的があったと考えられます。

円形の地図の端っこに押しやるのではなく広いスペースに詳細に描くことによって、周縁部としてではない、都市化された世界としてのイングランドを示しているのです。

 

 

まとめ

ローマ時代にまでその情報源を辿ることができるアングロサクソンマップ。

初期のマッパ・ムンディということもあって地図の形など、後世のものと異なる部分も見られます。
しかしそれによって地図の製作地であるイングランドを詳細に描くことが可能となっています。

このようにアングロサクソンマップは、アングロサクソン期後期のイングランドの世界観を伝える重要な史料となっているのです。

 

 

参考文献

アン・ルーニー 著 『地図の物語 人類は地図で何を伝えようとしてきたのか』 日経ナショナルジオグラフィック社、2016年

David, Woodward (1987) ‘Medieval Mappaemundi’ in The History of Cartography, Volume 1 Cartography in Prehistoric, Ancient, and Medieval Europe and the Mediterraneaned. by J. B. Harley and David Woodward.

Helen, Appleton (2019) The northern world of the Anglo-Saxon Mappa Mundi, Anglo-Saxson England.

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