エプストルフの世界図(Ebstorf World Map)

               

エプストルフの世界図

名称(日本語)エプストルフの世界図
名称(英語)Ebstorf World Map
製作時期13世紀
所蔵場所エプストルフ修道院(ドイツ・エプストルフ)ほか
作者ティルブリーのジェルヴァーズ(エプストルフのジェルヴァーズ)
材質30枚の羊の皮
大きさ縦358cm×横356cm

 

エプストルフの世界図は13世紀(正確な年号は不明)に製作されたマッパ・ムンディです。

マッパ・ムンディとは中世ヨーロッパで作られた世界地図の総称で、図像などにおいてキリスト教的世界観が反映されているのが特徴と言えます。
イギリスのヘレフォード大聖堂に所蔵されているヘレフォード図などが有名です。

ヘレフォード図

ヘレフォード図

 

地図の概要

焼失と複製

このマッパ・ムンディは縦358cm×横356cmと、今までに発見されたマッパ・ムンディの中で最大の大きさを誇りますが、第二次世界大戦中の1943年、連合国軍によるハノーヴァー空襲により現物は焼失してしまいました。

 

現在残っているものは1951年と1953年にルドルフ・ウィニケによって作られた複製です。
この複製は1830年に作られたカラー版のファクシミリが元になっており、ヤギの皮でできた羊皮紙を使って四点製作されました。

四点の複製のうち三点はドイツ国内で見ることができ、それぞれエプストルフ修道院、リューネブルク博物館、クルムバッハという町にあるプラッセンブルク城の博物館に所蔵されています。
残りの一点に関しては、1956年にギリシャの女王に贈られました。

 

地図の右上の部分に空白がありますが、ここは何者かによって切り取られてしまったようです。
また、左側の空白に関しては保存中にネズミにかじられた跡だそうです。

 

地図の作者

この地図の作者はイングランド出身のティルブリーのジェルヴァーズと呼ばれる人物です。
彼は12世紀後半〜13世紀前半にかけて活躍した教会法学者・政治家・聖職者です。

そんなジェルヴァーズは1214年に書いた『オティア・インペリアリア』という著書でも有名です。
この本は神聖ローマ皇帝・オットー4世に献上されたものです。
神話的で私たちからしたら現実離れしていますが、歴史・地理学・物理学について書かれた百科事典的なものでした。

そして、自身によるこの本が地図の情報源の一部であったとされています。

 

 

地図の特徴

地図の形式

エプストルフの世界図では他のマッパ・ムンディと同様、東が上に描かれています。

当時ヨーロッパで認知されていたアジア・ヨーロッパ・アフリカの三大陸をO(大洋)の中に描き、各大陸をTで表現された地中海、ナイル川、ドン川が隔てています。

TO図

 

マッパ・ムンディについては以下の記事で解説していますので、詳しくはそちらもご覧ください。

マッパ・ムンディとは? 〜その分類や特徴〜
マッパ・ムンディというのは一言で表すと中世ヨーロッパで作られた世界地図のことなのですが、その形式によって様々な種類に分類できます。そこで今回はマッパ・ムンディの4つの分類の特徴の解説や、各分類に属する地図の紹介をしたいと思います!

 

 

地図の内容

同時期に製作されたヘレフォード図と同様、エプストルフの世界図には主要な都市や川、山などの地理的情報のほか、聖書や伝承に関する記述や図像が描かれています。
その数はヘレフォード図を凌駕しており、1,500もの記述と845もの図像、合わせて2,345にも登ります。

これらの記述や図像が伝えていることは地理的情報からキリスト教的世界観、伝承や歴史など非常に多岐に渡っており、地図としてだけではなく様々な役割を果たしていると言えます。

以下、地図内の記述や図像に関して、テーマごとに詳しく見ていきましょう。

 

聖書関連の記述・図像

イエス・キリスト

聖書関連の図像で重要なのはやはりイエス・キリストです。

イエス・キリストの顔

イエス・キリストの手

イエス・キリストの足

 

上部(東)にキリストの頭部があり、左右(南北)に手が、そして下部(西)には足が見られます。
そして円形の地球部分全体がキリストの体のようになっています。
これはそこを統治するキリストが地球の一部であるということを視覚的に表しています。

そして中央よりやや向かって右下に浮かぶシチリア島がハート型をしており、キリストの心臓を表していると考えられています。

シチリア島

 

エデンの園

エデンの園

キリストの顔の左横にはエデンの園があります。

このようにエデンの園が東にあることが理由で、マッパ・ムンディは東を上に描かれていました。

 

右側には知恵の木の実を食べるアダムとイヴの姿が見られます。

左側にはエデンの園に源流を持つと考えられていた四つの川(ナイル川・ユーフラテス川・ティグリス川・インダス川)が描かれています。

 

エルサレム

エルサレム

マッパ・ムンディの伝統に倣って、キリスト教の聖地エルサレムは地図の中心に配置されています。

これは旧約聖書『エゼキエル書』の第5章5節にある

わたしはこのエルサレムを万国の中に置き、国々をそのまわりに置いた。

出典:エゼキエル書(口語訳) – Wikisource

 

という一文を根拠としていると言われています。

 

市壁の内部にはキリストの復活が描かれており、他の都市に対するこの地の重要性を示しています。

 

ノアの箱舟

ノアの箱船

旧約聖書『創世記』に登場するノアの箱舟です。

 

バベルの塔

バベルの塔

同じく『創世記』に登場するバベルの塔です。

横には塔が4000段にも及ぶという説明が添えられています。

 

 

アレクサンダー大王伝説関連の記述・図像

アレクサンダー大王

アレクサンダー大王(紀元前356〜323)はマケドニアの王で、東方遠征によってギリシャからインドまでまたがる巨大な帝国を作り上げました。
彼の遠征の伝承は12〜13世紀のヨーロッパで人気を博し、彼に関する多くのストーリーが語られました。

そんなアレクサンダー大王に関する図像がいくつか見られるので、ここで紹介します。

アレクサンドリア

アレクサンドリア

エジプトの都市アレクサンドリアです。

アレクサンダー大王が紀元前332年に建設しました。

 

アレクサンダー大王の宿営地

アレクサンダー大王の宿営地

アレクサンダー大王の宿営地です。

横には様々な疫病に襲われていたという記述があります。

 

 

動物寓意譚関連の記述・図像

中世ヨーロッパでは、動物寓意譚と呼ばれる動物に関する物語が非常に人気でした。
動物たちはそれぞれ特徴を持っているとされ、そうした特徴がキリスト教の聖書的な教えと結びつけて語られました。

地図上の生物たちは必ずしも説明を伴わず、図像と名前のみが与えられている場合も多いですが、当時の人々は動物寓意譚上のイメージと結びつけてそれらを見ていたと考えられます。

 

そして実はエプストルフの世界図の作者であるティルブリーのジェルヴァーズ自身も、『動物寓意譚』を書いています。

彼はそれぞれ違う動物について29章書いているのですが、その中の動物を中心に、以下地図上に見られる動物をいくつか紹介します。

ライオン

ライオン

ジェルヴァーズが第1章に書いているのが、このライオンです。
動物寓意譚ではライオンの持つ三つの特性を取り上げ、それぞれに意味づけしています。

一つ目はライオンが足跡を尻尾で消しながら歩くという特性ですが、これはキリストが神性を隠していたことを表します。

二つ目の特性はライオンが目を開けながら寝るというもので、これはキリストが復活し肉体的には亡くなったが、精神的には生きている状態の寓意です。

三つ目はライオンが亡くなった子供を生き返らせるために吠えるというもので、これは父なる神がキリストを復活へと呼び起こしたことを示します。

 

ヒョウ

ヒョウ

第2章のヒョウです。

動物寓意譚ではキリストの象徴です。
体表の様々な色はキリストの持つ様々な資質の体現で、あらゆる動物を惹きつけるヒョウの甘い息はキリストの言葉を表しているとされています。

 

ゾウ

ゾウ

ゾウは第9章に書かれています。
動物寓意譚において、ゾウは様々な意味を持っています。

例えばつがいのゾウはアダムとイヴの象徴とされています。
また、大きなゾウは戒律を、12頭のゾウは預言者を表しています。

 

アンテロープ

アンテロープ

第10章のアンテロープはウシ科の一種でレイヨウとも言います。

アンテロープの2本のツノは旧約聖書と新約聖書を表しているとされます。

 

アリ

アリ

第16章で取り上げられているアリです。
犬ほどの大きさで金の砂を守るとの説明があります。

寓意譚的には集団で働く様子から、人間も団結して働くべきだという教えを象徴しています。

 

 

まとめ

現存はしていないものの史上最大のマッパ・ムンディとなっている「エプストルフの世界図」は、聖書・伝承・歴史・地理など様々な情報を含んでいます。

こうした豊富な内容によって様々な役割を果たしていたマッパ・ムンディは、当時の人々の思想を現代まで色濃く伝えています。

 

 

参考文献


Mittman, Asa Simon. “GATES, HATS, AND NAKED JEWS: SORTING OUT THE NUBIAN GUARDS ON THE EBSTORF MAP.” GESCHLECHTERFORSCHUNG UND VISUELLE KULTUR, No. 54, 90-103, 2013.

Pischke, G. “The Ebstorf Map: tradition and contents of a medieval picture of the world.” Hist. Geo Space Sci., 5, 155–161, 2014.

Wolf, Armin. “The Ebstorf Mappamundi and Gervase of Tilbury: The Controversy Revisited.” Imago Mundi, 64:1, 1-27, 2012.

動物寓意譚 – Wikipedia

復活 (キリスト教) – Wikipedia

Gervase of Tilbury – Wikipedia

HyperEbsKart – HyperImage 3

Medieval Bestiary : Gervaise

Otia Imperialia – Wikipedia

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