マッパ・ムンディとは? 〜その分類や特徴〜

               

みなさん、「マッパ・ムンディ」というものをご存知でしょうか?

なかなか聞き馴染みのない言葉かもしれませんね。

 

マッパ・ムンディというのは一言で表すと中世ヨーロッパで作られた世界地図のことなのですが、その形式によって様々な種類に分類できます。

そこで今回はマッパ・ムンディの4つの分類の特徴の解説や、各分類に属する地図の紹介をしたいと思います!

 

中世の世界地図の総称

マッパ・ムンディ(Mappa Mundi / 複数形:Mappae Mundi)とは世界地図の一種で、中世ヨーロッパで作られたものの総称です。

ラテン語でテーブルクロスやナプキンを意味する「mappa」と、世界を意味する「mundus」という言葉が語源になっています。

勘のいい方はお気付きかもしれませんが、英語の「map」の語源にもなっています。

 

中世に数多作られたマッパ・ムンディですが、そのうち1,100点ほどが現存しています。

現存するうちの900点ほどは写本の挿絵として残っています。
大英図書館に所蔵されている「ロンドン詩篇の世界図」などが有名です。

残りのマッパ・ムンディはサイズが大きく詳細な、独立した地図として見つかっています。
イギリスのヘレフォード大聖堂で見ることのできる「ヘレフォード図」などがそれに当たります。

 

マッパ・ムンディは大まかに以下の4つの種類に分類できます。

 

三分マップ

三分マップでは、名前の通り大陸が三分割されています。
ここで言う大陸とは、当時ヨーロッパで認知されていたヨーロッパ大陸・アフリカ大陸・アジア大陸の三つです。

TO図

上の画像のように、東が上に描かれており、三つの大陸を川や海が隔てています。

上部に描かれたアジアと左下のヨーロッパの間をドン川が、右下のアフリカの間をナイル川が、そしてヨーロッパ・アフリカ間は地中海が隔てています。

そして大陸の周りをぐるっと海が囲っています。

このように周りを海に囲まれ、円形(Oの字)に描かれた三大陸が、Tの字状に描かれた海や川で区切られている様子から、この形式の地図はT-O図とも呼ばれています。

 

三分マップにおいては、上のT-O図の画像のように概略化されたものの他に、より詳細に描き込まれたものも存在します。

こうした地図は13世紀のイングランドで主要なものでした。
イングランドのヘレフォードで製作されたヘレフォード図はもちろん、ドイツで作られたエプストルフの世界図に関してもイングランド出身のティルブリーのジェルヴァーズの命によるものです。

 

ヘレフォード図

ヘレフォード図

 

 

特徴

マッパ・ムンディの特徴として、当時のヨーロッパではキリスト教神学が発展し、聖書の内容が重視されたことからキリスト教世界が色濃く反映されている点が挙げられます。

キリスト教の聖地であるエルサレムは地図の中心に置かれ、地図の方角は東が上となっています。
これは、旧約聖書『創世記』に登場するエデンの園が東にあると考えられていたからです。

また、地図上に描かれた図像や文章からもキリスト教の影響を強く感じることができます。
ノアの方舟やバベルの塔などは、多くのマッパ・ムンディに見られる聖書関連の図像です。

ノアの方舟

ノアの方舟(エプストルフの世界図)

バビロンとバベルの塔

バベルの塔(ヘレフォード図)

 

 

また、地理的な特徴に関しては、ローマ時代の地図の影響を受けていることが挙げられます。

アングロサクソンマップ

上の地図はアングロサクソンマップと呼ばれるもので、11世紀にイングランドで作られましたが、ローマ時代に時の政治家であるユリウス・カエサルの命によって作られたアグリッパの世界地図をもとにしていると考えられています。

そのため、地中海上の島々の描写や細長く描かれた黒海、ブリテン島とスペインが近接している点や丸くなったユトランド半島など、ローマ時代の地図の特徴が見られます。
そしてこれらの特徴は、他の多くのマッパ・ムンディにも見ることができます。

 

こうしたローマ時代の影響が見られる例をもう一つ紹介します。

ヘレフォード図 左下の角

上の画像はヘレフォード図の左下の角の部分なのですが、上述のユリウス・カエサルが戸口調査を命じている様子が描かれています。

 

 

製作意図

このような特徴を持つマッパ・ムンディですが、どういった意図で作られたものなのでしょうか。

一つ目の意図としてキリスト教(聖書)における歴史的出来事の伝達が考えられます。
地図上の図像や聖書関連の都市などの配置は、地理的に完全に間違っているとは言い切れないですが、やはり距離感が適当だったり地形が概略的であったりと正確性には欠けています。

しかし正確性にはあまり重きを置かずに伝達そのものを目的として作られていたのだと考えれば、その目的は十分果たしていると言えます。

もっとも中世後期のものとなるとそれ以前のものよりも正確なものも作られるようになり、聖地巡礼の旅の計画に使われたりといった実用的な側面もあったようです。

 

宗教的な意図の他にも、歴史を伝える年代記的な役割を果たしていたとも考えられています。

多くのマッパ・ムンディにおいてエルサレムやローマなどのキリスト教的に重要な都市の他にも、歴史的に、あるいは製作当時重要だった地名が共通して見られることがこれを示しています。

 

このほか、当時に人気だったアレクサンダー大王伝説や動物寓意譚(各動物の持つ特徴を聖書の教えと結びつけて語られた伝承)など、伝承に関する図像や記述も多分に含んでおり、この世界のあらゆる情報を伝える、いわば百科事典的な役割を果たしていたと言えます。

アレクサンダー大王

アレクサンダー大王

トラ

動物寓意譚関連の図像例(トラ) (ヘレフォード図)

 

また、サイズの大きなものに関しては象徴的な意味合いもあったとされています。

 

 

マッパ・ムンディいろいろ

以下、この区分に分類される地図を紹介します。
リンクが付いているものはクリックして頂くことで、当サイトの各地図紹介の記事をご参照いただけます。

アングロサクソンマップ(Anglo-Saxon Mappa Mundi)

1025〜1050年頃

アングロサクソンマップ

イシドールスマップ(Isidorean Mappa Mundi)

11世紀

ソーリー図(Sawley Map)

12世紀

エプストルフの世界図(Ebstorf World Map)

13世紀

エプストルフの世界図

ロンドン詩篇の世界図(Psalter World Map)

1262〜1300年頃

ロンドン詩篇の世界図

ヘレフォード図(Hereford Mappa Mundi)

1300年頃

ヘレフォード図

ラナルフ・ヒグデンの世界地図(World Map by Ranulf Higden)

1400年

ラナルフ・ヒグデンの世界地図

 

 

 

 

 

 

ゾーンマップ

ゾーンマップ

上の地図はゾーンマップに分類されるものです。

ローマ時代末期にマクロビウスによって描かれたもので、マルクス・トゥッリウス・キケロの著書『スキピオの夢』に載っています。
このマクロビウスのゾーンマップを参考に描かれたものは、9〜15世紀の同書の写本の中に150点ほど見つかっています。

 

ゾーンマップの特徴は北が上向きとなっており、緯度ごとに気候帯が区切られている点です。

上のマクロビウスによる地図では五つに区切られていますが、南北の極地に近い黄色い部分は寒冷帯、その一段階赤道よりの二つの青で表された部分が温帯、赤道付近の赤い部分が熱帯となっており、温帯の部分にのみ人が居住できると考えられていました。

こうした考えはギリシャ時代から伝えられていたものです。

北部の温帯はヨーロッパに当たりますが、南部の温帯に関しては対蹠地(ある地点から見た地球の反対側の意)があるとされ、そこにも人が住んでいると考えられていました。

 

 

四分マップ

四分マップも名前の通り、世界が四つに分けられた地図です。

この四分マップは上述の三分マップとゾーンマップの中間的な位置づけになります。

三分マップと同じく東が上に描かれており、北半球(つまり地図の左側)は三分マップと同じように描かれています。

一方南半球に関しては、ゾーンマップで示されていたような対蹠地が南の端(地図の右側)に描かれています。

 

ベアトゥス図

上の地図はベアトゥス図と呼ばれるもので、彼の著書『ベアトゥス黙示録註解』の挿絵です。
原本は8世紀に描かれましたが、現在は残っていません。

上の地図を含めた14点の現存するベアトゥス図は、全てこの8世紀の原本を元にしたものと考えられており、東が上に描かれていることや地図の南側において紅海と考えられる海に隔てられた対蹠地が描かれていることなど、四分マップの特徴を有しています。

 

 

過渡期マップ

この分類の地図は、中世後期の14〜15世紀のもので、他の三つの分類のものとは様相が異なります。

ポルトラノ海図やプトレマイオスの『地理学』の影響を受けており、中世とその後のルネサンス期のまさに過渡期の地図と言えるでしょう。

 

ポルトラーノ型海図とマッパ・ムンディ

ポルトラーノ型海図とは、航海士用の地図で沿岸部を詳細に描いています。
地中海と黒海を中心に、物によっては大西洋の一部の海岸線も描かれていました。
一番の特徴は地図上に放射状に引かれた航程線で、これによって羅針盤を使って方位が分かるようになっています。

ポルトラーノ型海図

ポルトラーノ型海図(16世紀)

 

こうしたポルトラーノ型海図の影響を受けた地図は多数ありますが、中でもカタルーニャ図やフラ・マウロの世界地図が有名かと思います。

 

カタルーニャ図

カタルーニャ図

 

フラ・マウロの世界地図

フラ・マウロの世界地図

 

これらの地図は、ポルトラーノ型海図と同じように地中海や黒海は詳細に描かれているのに対して、その他の地域に関しては依然正確性に欠けています。

またカタルーニャ図においては、ポルトラーノ型海図同様、航路を示す航程線が見られます。

一方で特に地図の周縁部においては聖書に関する記述が多く見られ、その点は中世のマッパ・ムンディの特徴を残していると言えます。

後期のものになると13世紀のマルコ・ポーロによる東方探検や、15世紀のポルトガルによる西アフリカ沿岸部への航海による発見が反映されるようになりました。

 

 

以下、この区分に分類される地図を紹介します。
リンクが付いているものはクリックして頂くことで、当サイトの各地図紹介の記事をご参照いただけます。

ピエトロ・ベスコンテの世界地図(Pietro Vesconte’s Mappa Mundi)

1321年

ピエトロ・ベスコンテの世界地図

カタルーニャ図(Catalan Atlas)

1375年

(クリックで画像拡大)

カタルーニャ図

アンドレア・ビアンコの世界地図(Andrea Bianco’s World Map)

1436年

アンドレア・ビアンコの世界地図

フラ・マウロの世界地図(Fra Mauro’s World Map)

1450年頃

フラ・マウロの世界地図

ジョバンニ・レアルドの世界地図(Giovanni Leardo’s World Map)

1452年頃

ジョバンニ・レアルドの世界地図

 

 

プトレマイオスとマッパ・ムンディ

ローマ時代の地理学者 クラウディオス・プトレマイオスは古代地理学の集大成とも言える『地理学』を記しました。
中世ヨーロッパにおいては彼の成果は受け継がれませんでしたが、同時代のイスラーム世界においては影響力を持ち続けました。

しかし15世紀初頭以降、イスラム世界からヨーロッパに同書のラテン語訳が入ってくると、プトレマイオスの『地理学』の影響を受けたマッパ・ムンディが作られるようになりました。

 

インド洋が内海となっている点や東アフリカにあるとされていた「月の山脈」が描かれている点など、プトレマイオスによる影響が随所に見られます。

プトレマイオス図

 

例えば上でも紹介した「フラ・マウロの世界地図」はプトレマイオスに影響を受けた地図の一例です。

 

 

まとめ

マッパ・ムンディの4つの分類について、具体的な地図を挙げながら説明しました。

分類ごとの特徴を知ることで、各地図に対する理解もより深まると思います。
ぜひ地図紹介の記事も合わせて読みながら中世ヨーロッパの世界観を味わってみてはいかがでしょうか。

 

 

参考文献


織田武雄 (2018) 『地図の歴史 世界篇・日本篇』講談社.

ルーニー, アン (2016) 『地図の物語 人類は地図で何を伝えようとしてきたのか』井田仁康日本語版監修, 高作白子訳, 日経ナショナルジオグラフィック社.

Woodward, David. “Medieval Mappaemundi”  The History of Cartography, Volume 1 Cartography in Prehistoric, Ancient, and Medieval Europe and the Mediterranean, edited by J. B. Harley and David Woodward, 1987.

Campbell, Tony. “Portolan Charts from the Late Thirteenth Century to 1500” The History of Cartography, Volume 1 Cartography in Prehistoric, Ancient, and Medieval Europe and the Mediterranean, edited by J. B. Harley and David Woodward, 1987.

World maps before 1400 | British Library – Picturing Places – The British Library

コメント

タイトルとURLをコピーしました