ポルトラーノ海図とは?その特徴や起源を解説!

               

遥か昔、当然ながらGPSなどの技術もなかった時代には人々は海図を利用して航海を行っていました。
その海図とは一体どのようなものだったのでしょう?

この記事のテーマは「ポルトラーノ海図」と呼ばれる中世ヨーロッパで利用されていた海図です。
その特徴や起源、種類などについて実際の画像とともに紹介します!

 

ポルトラーノ海図の特徴

ポルトラノ海図

ポルトラーノ海図(Portolan chart)とは、中世ヨーロッパで利用されていた海図の総称です。
ちなみにポルトラーノ(portolano)とはイタリア語で「航海案内書」という意味です。

現存する最古のものは13世紀後半のものであり、近代的な地図が登場する1600年頃まで利用されていました。

 

以下、その形式や内容を紹介します。

形式と内容

素材と大きさ

ポルトラーノ海図は羊皮紙に描かれ、その大きさはものによって異なるものの縦65cm×横100cm程度のものが一般的であったようです。

地図は巻物のように丸められるようになっているか、あるいは海上での使用に耐えうるように木の板に固定されていました。板に固定することで潮水による歪みや縮みを防いでいたのです。

画像では北を上にしていますが、実際はポルトラーノ海図には決まった向きはなく回転させながら使用していました。

 

製作の中心地は海上交易で栄えていた地域が主で、その形式によってイタリア式とマヨルカ式の2つに分類されます。
それぞれの特徴や具体例についてはのちの章で紹介します。

 

地図の範囲

地図に描かれる範囲は地中海、黒海、西ヨーロッパと北アフリカの大西洋沿岸地域というのが初期の典型例でしたが、大航海時代を経てヨーロッパ人の世界観が広がるにつれ、アフリカの南部やアメリカ大陸、インド洋や東南アジア方面にまで広がっていきました。

 

海岸線と地名

ポルトラーノ海図は海図として使われていただけあって海岸線の描写は当時としては非常に写実的になっています。

現存する最古のポルトラーノ海図と言われている「ピサ図」とマッパ・ムンディの一つである「ヘレフォード図」がほぼ同時代に作られたものであるというのは少々驚きかもしれません。

ヘレフォード図

「ヘレフォード図」(1300年頃)

 

写実的な海岸線に沿って、内陸部には地名が並べられています。
多くは黒色で書かれていますが中には赤色で書かれているものもあり、これらはより重要な地名であると考えられます。

 

航程線

そしてポルトラーノ海図一番の特徴は、地図上に張り巡らされた航程線です。これによって目的地への方角が分かるようになっています。

羅針図と航程線

地図上の複数の地点からそれぞれ32本の航程線が伸びていますが、これらは方角によって色分けされています。
8方位(東西南北の4方位とその間の北東など)を黒か茶色の線で、さらに細かい8方位(北北東など)を緑で、そして残りの16方位(北微東、北東微東など)を赤で描いています。

 

水深に関する情報

地図の沿岸部をよく見てみると、十字架やドットが描かれていることに気がつきます。

これらは水深に関する情報を示しており、十字架や黒いドットで岩礁を、そして赤いドットで砂州さすを表現しています。

十字架とドット

 

投影法

実際には特定の地図投影法を用いて作られている訳ではないという見方が主流なようですが、ポルトラーノ海図が後世に発案されるメルカトル図法や正距円筒図法に近い投影法であるという考えもあります。

 

 

ポルトラーノ海図の起源

ポルトラーノ海図がいつ頃から使用されているものなのか、その起源については諸説あり、はっきりしたことは未だ解明されていません。

中世ヨーロッパで発明されたものであるという説と古代ギリシャに端を発するものであるという説の2つがあるので簡単に紹介します。

中世起源説

中世以前のポルトラーノ海図が見つかっていないことから中世ヨーロッパで発明されたものであると考える説で、こちらの方が主流であるように思われます。

科学が発達していなかった中世ヨーロッパであれほどまでに正確な海図がどのように作られたのかという点に疑問が残りますが、航海技術を応用して作成したのではないかという仮説が立てられています。

 

古代起源説

一方でやはり中世起源のものとしては正確すぎるということ、また最古のポルトラーノ海図(13世紀後半の「ピサ図」)の時点で先に説明したような形式がほぼ完成されていたことから、中世より科学が発展していた古代ギリシャが起源であると唱える学者もいます。

その地図は現存していないものの、1世紀に活躍した地理学者・マリノスが海図を作成する仕組みを発明したとされており、それがポルトラーノ海図の原型であると考えられています。

 

 

ポルトラーノ海図の分類

前述のようにポルトラーノ海図はその製作の中心地によってイタリア派とマヨルカ派という2つの形式に分類されます。

ここでは各学派の特徴と具体的な海図を紹介します。

イタリア派

最初に紹介するのがイタリア派で、当時海上交易で栄えたジェノヴァやヴェネツィアといったイタリアの都市で作られていました。

この学派の特徴は機能的に必要な要素のみで構成されていることです。

 

ピサ図(13世紀後半)

ピサ図

はじめに紹介する「ピサ図」は現在確認されている最古のポルトラーノ海図です。
正確な製作年はわかっていませんが、1275年〜1300年頃であると考えられています。作者は不明です。

前述のようにこのピサ図の時点でポルトラーノ海図の特徴はほぼ備わっているように見受けられます。

 

ピエトロ・ヴェスコンテの地図(1311年)

ピエトロ・ヴェスコンテの地図

作者がわかっているポルトラーノ海図で最古のものが、ジェノヴァ出身の地図製作者であるピエトロ・ヴェスコンテが1311年に製作したこちらの地図です。

彼はその後も数多くの海図を製作しています。

 

ジョヴァンニ・ダ・カリニャーノの地図(14世紀前半)

ジョヴァンニ・ダ・カリニャーノの地図

こちらのジョヴァンニ・ダ・カリニャーノの地図も有名なイタリア派のポルトラーノ海図です。
地図の製作年は1305年〜1327年頃であると考えられています。もし1310年以前に作られていたとしたら上で紹介したヴェスコンテのものよりも古いことになりますね。

画像が鮮明ではありませんが、実はこの地図は第二次世界大戦中に失われてしまいました。

しかし当時イタリアで知られていた世界をほぼ全域描き、またスカンディナヴィアを初めて半島として描写した地図であると考えられていることから重要な海図となっています。

 

 

マヨルカ派

もう一つの学派がマヨルカ派と呼ばれるものです。
スペインのマヨルカ島やカタルーニャで地図製作に従事した地図製作者が所属し、その多くはユダヤ人でした。

この学派の地図の特徴としては、シンプルなイタリア派の海図とは対照的に見た目の美しさを重視し、海図として必要最低限以外の情報や装飾を盛り込んでいたことでした。

 

アンジェリーノ・ドゥルサートの地図(1325年・1339年)

イタリア出身のアンジェリーノ・ドゥルサートは1325年と1339年に作られたポルトラーノ海図の作者であることがわかっています。

彼は1320年代か1330年代のどこかでマヨルカ島に移住しており、そのため彼がイタリア派とマヨルカ派の橋渡し役を担ったと言っても過言ではないでしょう。
実際、1325年の地図は内陸の描写の詳細さ(山や川など)が見受けられるもののイタリア派の特徴を色濃く残しています。

アンジェリーノ・ドゥルサートの地図(1325年)

アンジェリーノ・ドゥルサートの地図(1325年)

一方1339年製作の地図は山や川などの描写はもちろん、派手なイラストも増えてマヨルカ派らしい地図になっています。

アンジェリーノ・ドゥルサートの地図(1339年)

アンジェリーノ・ドゥルサートの地図(1339年)

 

カタルーニャ図(1375年)

マヨルカ派の地図の中でおそらく最も有名なのが、ユダヤ人装飾写本家のアブラハム・クレスケスによる「カタルーニャ図」です。

カタルーニャ図

内陸部の華やかなイラストが目を惹くこの地図は、マヨルカ派のポルトラーノ海図とマッパ・ムンディが融合したものであると言えます。

ポルトラーノ海図同様、地中海や黒海の海岸線は詳細に描かれている一方で東側のアジア地域は非常に曖昧になっています。
またそうした地図の周縁部ではマッパ・ムンディに見られるように宗教や伝承に関する記述や図像が見られます。

 

ペトルス・ロゼッリの地図(1465年)

ペトルス・ロゼッリの地図

イタリア出身のペトルス・ロゼッリはマヨルカ島でポルトラーノ海図を製作し、マヨルカ派の代表的な地図の一つとして現存しています。

 

 

ポルトラーノ海図の役割

ポルトラーノ海図は航海用としての用途はもちろんのこと、記録・装飾用としての用途もあったと考えられています。

ここでは各用途について説明します。

航海用途

ポルトラーノ海図は海図の一種ですから、第一に航海用としての用途がありました。
航海者は地図上に張り巡らされた航程線を利用して目的地への方角を読み取っていました。

次に述べる記録・装飾用途よりも実用的側面が強いため、装飾などを施していないイタリア派のものが多く利用されていたと推測されます。

 

記録・装飾用途

ポルトラーノ海図の中には地図帳のように複数の海図がまとめられているものもあり、こうしたものを中心に記録用として使われていたと考えられています。

コルナロアトラス2

コルナロアトラス1

「コルナロアトラス」(15世紀)内の地図。同じ地域の地図が複数収録されている。

 

またマヨルカ派のもののように装飾の施された海図は国王などが見て楽しんでいたとされており、例えば先に紹介した「カタルーニャ図」もこのような用途で利用されていたようです。

 

 

まとめ

今回はポルトラーノ海図について解説させていただきました。

 

POINT

  • ポルトラーノ海図とは中世ヨーロッパで利用されていた海図の総称。
  • 航海用途を満たすための写実的な海岸線と航程線が特徴的である。
  • 中世ヨーロッパに発明されたものであるという見方が主流ではあるが実際のところは解明されていない。
  • イタリア派とマヨルカ派の2つの学派があり、後者はより装飾的になっている。
  • 記録や装飾用として使われていたとも考えられる。

こうした特徴を持つポルトラーノ海図は海上交易においてはもちろん大航海時代にも活躍し、16世紀後半にゲラルドゥス・メルカトルがメルカトル図法の地図を考案するまで使われ続けました。

 

 

参考文献


織田武雄 (2018) 『地図の歴史 世界篇・日本篇』講談社.

ペンローズ, ボイス (2020) 『大航海時代 旅と発見の二世紀』荒尾克己訳, 筑摩書房.

ルーニー, アン (2016) 『地図の物語 人類は地図で何を伝えようとしてきたのか』井田仁康日本語版監修, 高作白子訳, 日経ナショナルジオグラフィック社.

Campbell, Tony. “Portolan Charts from the Late Thirteenth Century to 1500”  The History of Cartography, Volume 1 Cartography in Prehistoric, Ancient, and Medieval Europe and the Mediterranean, edited by J. B. Harley and David Woodward, 1987.

Huffman, Anthony M. “The Catalan Atlas of 1375 and Competing Eschatological Views Among Jews and Christians.” ARTH 455, 2017.

Nicolai, Roel. “The Premedieval Origin of Portolan Charts: New Geodetic Evidence.” Isis. 106. 517-543. 10.1086/683532, 2015.

Woodward, David. “Medieval Mappaemundi”  The History of Cartography, Volume 1 Cartography in Prehistoric, Ancient, and Medieval Europe and the Mediterranean, edited by J. B. Harley and David Woodward, 1987.

マリノス (古代の地理学者) – Wikipedia

Angelino Dulcert – Wikipedia

A portolan chart by Petrus Rosselli | British Library – Picturing Places – The British Library

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Catalan Atlas – Wikipedia

Chart of the Aegean from the Cornaro atlas | British Library – Picturing Places – The British Library

Giovanni da Carignano – Wikipedia

Majorcan cartographic school – Wikipedia

Pietro Vesconte – Wikipedia

Portolan chart – Wikipedia

Rhumbline network – Wikipedia

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