名称(日本語) | ロンドン詩篇の世界図 |
名称(英語) | Psalter World Map |
製作時期 | 1262〜1300年頃 |
所蔵場所 | 大英図書館(イングランド・ロンドン) |
作者 | 不詳(詩篇の写本より) |
材質 | 写本 |
大きさ | 縦14.3cm×横9.5cm |
ロンドン詩篇の世界図は13世紀後半に描かれた、詩篇の写本の中に見られるマッパ・ムンディです。
縦14.3cm×横9.5cmと非常に小さいながらも詳細に描かれており、ヘレフォード図など他の大きなマッパ・ムンディと共通した特徴を多く持ちます。
地図の特徴
地図の形式
ロンドン詩篇の世界図はマッパ・ムンディの分類上、三分図に分類されます。
東が上になっており、アジア・ヨーロッパ・アフリカの三大陸が描かれています。
マッパ・ムンディの分類については、以下の記事で詳しく解説していますのでそちらもご覧ください。
詩篇について
『詩篇』の写本内に描かれているロンドン詩篇の世界図ですが、その内容や製作意図を知るためにはまず詩篇そのものについて簡単に知っていただく必要があります。
詩篇とは、旧約聖書に収められた150篇の神への賛美の詩のことです。
礼拝ではそれぞれが独立した祈祷文として使用され、歌唱(もしくは朗読)されます。
このように書いてある文を歌唱するという側面から、詩篇は視覚と聴覚の両方を重視しています。
これは例えば詩篇の第27篇に現れています。
上の画像のように、一行目のイニシャルに視覚の象徴として目を指差している人がいるのですが、続く七行目には、
主よ、わたしが声をあげて呼ばわるとき、聞いて、わたしをあわれみ、わたしに答えてください。
と書かれており、聞くことにも焦点を当てていることがわかります。
写本内の二つの地図
実は詩篇の写本内にはもう一つ地図が描かれています。
それが「ロンドン詩篇のリストマップ」で、このロンドン詩篇の世界図の裏側に描かれています。
リストマップの名の通り、キリストが抱えたT-O図上の三大陸それぞれに地名がリスト状に羅列されています。
75の州名と77の都市名、合わせて152もの地名が並べられています。
この地図に関しての詳しい紹介は以下の記事をご参照ください。
聖書関連の記述・図像
以下、地図内の記述や図像の一部を詳しく見てみましょう。
まずは、マッパ・ムンディ一番の特徴とも言える聖書関連のものを紹介したいと思います。
イエス・キリスト
地図の上部にはイエス・キリストが描かれており、左手には小さな赤いT-O図を持っています。
これは詩篇の第19篇一行目の
もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。
という一文と関連しています。
また、彼の横には二人の天使がいます。
このキリストと酷似したイラストが写本の本文にも見られます。
これは詩篇本文内の「E」のイニシャルで、上半分に世界図と同じようにキリストと二人の天使が確認できます。
キリストのポーズも世界図のものと同じですね。
左手には聖体拝領のパンを持っており、表面に「IHC」と書かれています。
これはイエス・キリストのギリシャ語「Ihesous Christos」の略です。
このように詩篇本文との関連を示すことで読者は本文と地図を行き来し、信仰に空間的な広がりを得ていたと考えられます。
エデンの園
キリストの下、地図の東側にはエデンの園が描かれています。
壁で囲まれた内部に、アダムとイブの顔と二人を隔てている知恵の樹が見られます。
また、エデンの園に源流を持つと考えられていた川の源流が見られます。
一般的には、ギホン川(ナイル川と結びつけられることも)・ユーフラテス川・ティグリス川・ピション川(インダス川との見方も)の四つなのですが、ここでは五本目の川としてガンジス川も描かれています。
これは、イシドールスの『語源』内に見られる解釈をもとにしているとされます。
エルサレム
同時代の他のマッパ・ムンディと同じように、キリスト教の聖地でもあるエルサレムが地図の中心に見られます。
このようにエルサレムを中心に配置する理由として、旧約聖書『エゼキエル書』の第5章5節にある
わたしはこのエルサレムを万国の中に置き、国々をそのまわりに置いた。
という一文が考えられます。
ノアの方舟
旧約聖書『創世記』で登場するノアの方舟です。
モーセと出エジプト
旧約聖書『出エジプト記』に関連して、モーセがユダヤ人を引き連れて紅海を通る時に海を割って進んだとされる場所が描かれています。
『博物誌』と『東方の驚異』
地図の右側、アフリカの辺境には怪物たちが並べられています。
これらはプリニウスの『博物誌』やヨルダヌスによる『東方の驚異』などに登場するものです。
ヘレフォード図やエプストルフの世界図など、同時代のマッパ・ムンディにもこのような怪物たちは描かれており、同種の地図の特徴の一つとなっています。
製作意図
この地図の製作意図として二つ考えられます。
一つ目は記憶術として、二つ目は視覚的に信仰への参加を可能にするためです。
一点目の記憶術についてですが、上の項目でも紹介したような聖書関連や怪物たちの図像や、都市などをアイコン的に地図上に落とし込むことによって、それぞれが持つ意味を想起させる役割を果たしています。
二点目の信仰についてですが、地図を眺め、そこに想いを馳せることで擬似的な巡礼を可能にしているのです。
これら二つの意図において、詩篇の持つ視覚の重要性が表れています。
まとめ
小さいながらも詳細に描かれ、キリスト教世界をしっかりと反映させている「ロンドン詩篇の世界図」。
同写本上の「ロンドン詩篇のリストマップ」とともに、詩篇の理解を助け、信仰を深める重要な役割を果たしていると言えます。
参考文献
David, Woodward (1987) ‘Medieval Mappaemundi’ in The History of Cartography, Volume 1 Cartography in Prehistoric, Ancient, and Medieval Europe and the Mediterraneaned. by J. B. Harley and David Woodward.
LauraLee, Brott (2018) The Geography of Devotion in the British Library Map Psalter, The International Journal for Geographic Information and Geovisualization, Volume 53, Number 3, 211-224.
Melissa, La Porte (2012) A Tale of Two Mappae Mundi: The Map Psalter and its Mixed-Media Maps.
Map Psalter – The British Library
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