新訂万国全図(高橋景保)

               

鎖国を行っていた江戸時代の日本。
海外との交流もほとんどなかったため、世界地図も作られていなかったのでしょうか?

実際はそのようなことは全くなく、ヨーロッパで唯一交易を続けていたオランダを通して入ってきたヨーロッパの地図を参考にしながら、世界的に見ても最高水準の世界地図を作ることに成功しています。

それが高橋景保かげやすによる「新訂万国全図」という世界地図なのですが、この記事では製作の経緯や参考にした地図などを紹介していきます。

 

地図の概要

新訂万国全図

名称(日本語)新訂万国全図
製作時期1810年
所蔵場所国立国会図書館(東京都・千代田区)など
作者高橋景保
材質
大きさ縦116.1cm×横199.2cm

 

「新訂万国全図」は1810年(文化7年)に幕府天文方の高橋景保かげやすが幕命により製作した世界地図です。
ヨーロッパ製の地図を原図としつつも、北方探検など当時の最新の情報も取り入れられています。

 

地図の作者

「新訂万国全図」は幕府天文方であった高橋景保(1785年〜1829年)が、天文学者の間重富やオランダ通詞(通訳者)の馬場貞由と共に製作した地図です。天文方とは、天文や暦の編纂のほか測量や地誌、蘭書の翻訳などを担当した江戸幕府の職名のことです。

景保は1804年(文化元年)に父である高橋至時よしときの跡をついで天文方に就任しました。
彼は天文方として今回紹介する「新訂万国全図」の製作のほか、伊能忠敬の全国測量事業の監督をして「大日本沿海輿地全図」(通称「伊能図」)の完成に貢献しました。

しかし1828年(文政11年)のシーボルト事件によって投獄され、翌1829年(文政12年)に享年45歳で獄死しました。
シーボルト事件については以下の記事もご参照ください。

シーボルト『NIPPON』付図
海外ではシーボルト事件で持ち出された地図を含む本が出版されています。それが今回紹介するシーボルトの『NIPPPON』です。中にはあの有名な伊能図を原図としたものも収録されているようですが、一体どのようなものなのでしょうか。

 

蘭学と世界地図

新訂万国全図は1810年に完成していますが、その完成までに3年の月日が費やされました。

地図の製作が始まった1807年(文化4年)当時日本は鎖国中でしたが、ヨーロッパで唯一オランダとの交易は続けていました。
オランダを通して日本に入ってきたヨーロッパの学問は蘭学と呼ばれており、18世紀末頃から急成長を遂げました。

そうした中でヨーロッパ製の地図をもとにした世界地図が作られるようになります。
1792年の司馬江漢しばこうかんによる「地球全図」や1796年の橋本宗吉そうきちによる「喎蘭オランダ新訳地球全図」などがその初期のものです。

地球全図

「地球全図」(司馬江漢・1792年)

喎蘭新訳地球全図

「喎蘭新訳地球全図」(橋本宗吉・1796年)

神戸大学附属図書館 住田文庫所蔵(部分)

 

そして19世紀に入るとロシア使節レザノフの来航(1804年)やフェートン号事件(1808年)など対外的な緊張が高まったこともあり、幕府の中で西洋の地理学がさらに重要視されるようになりました。

この「新訂万国全図」はこうした時代に幕命を受けて製作されたものであり、当時の世相をよく反映していると同時に上に見たような蘭学系世界地図の集大成とも言えるものなのです。

 

 

地図の情報源

アロースミスの地図

新訂万国全図は、イギリスの地図製作者アーロン・アロースミス(1750年〜1823年)が1794年に製作した世界地図を原図とするものです。

アーロン・アロースミス

アーロン・アロースミス

アーロン・アロースミスの地図

アロースミスによるこの地図は球状図法と呼ばれる、地球を東半球と西半球の2つの半球に分けて並べる投影法が使われており、景保も新訂万国全図において同じ投影法を用いています。
しかし日本を中央に配置するために東西半球を入れ替えるなどの工夫が見られます。

またこの地図には探検家ジェームズ・クック(キャプテン・クック)による航海ルートが載っており、景保も同じく新訂万国全図に盛り込んでいます。

アロースミスの地図 クックの航路

アロースミスの地図のニュージーランド周辺。日付と共にクックの航海ルートが見える。

新訂万国全図 クックの航路

「新訂万国全図」のニュージーランド周辺。アロースミスの地図と同じくクックの航海ルートが描かれている。

 

間宮林蔵の北方探検

新訂万国全図はアロースミスの地図をベースにしつつも当時の最新の地理的情報が反映されています。

その最たる例が蝦夷と樺太で、1808年の間宮林蔵らによる樺太探検の成果を反映して西洋の地図に先んじて樺太の正確な描写を成し遂げています。

新訂万国全図 蝦夷

「新訂万国全図」の蝦夷と樺太。当時の地図としては非常に精細に描かれている。

アロースミスの地図 蝦夷

アロースミスの地図の蝦夷と樺太。蝦夷が南北に長く描かれていたりと描写の精度は高くない。

 

 

まとめ

今回は高橋景保の「新訂万国全図」を紹介しました。

 

POINT

  • 幕府天文方の高橋景保が間重富や馬場貞由の協力で作成した。
  • 対外的緊張から幕府にとって蘭学の重要性が高まっていた時代に作られた。
  • ヨーロッパの地図を原図としつつも北方探検などの成果も取り入れている。

東西の知識を織り交ぜて作られたこの世界地図は当時としては世界的に見ても最高水準の出来を誇り、明治時代に入っても改訂して利用された事例もあったようです。

 

 

参考文献


王一兵 (2019) 『幕府天文方における蘭学の展開―蘭学の公学化を中心に―』文化 第 82 巻 第 3・4号 ―秋・冬― 別刷, 33-46.

織田武雄 (2018) 『地図の歴史 世界篇・日本篇』講談社.

三好唯義編 (2014) 『新装版 図説 世界古地図コレクション』河出書房新社.

アーロン・アロースミス – Wikipedia

ジェームズ・クック – Wikipedia

新訂万国全図 文化遺産オンライン

高橋景保 – Wikipedia

天文方とは – コトバンク

馬場貞由 – Wikipedia

蘭学 – Wikipedia

A map of the world on a globular projection – Norman B. Leventhal Map & Education Center

Nicolosi globular projection – Wikipedia

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