1492年に新大陸アメリカを「発見」した人物として有名なクリストファー・コロンブス。
しかし、実際はそのおよそ500年前、西暦1000年にレイフ・エリクソンという人物が「ヴィンランド」という北アメリカ大陸の一部に到達していたとされています。
そしてそのことを示した「ヴィンランド地図」と呼ばれる15世紀のものと見られる古地図が存在しているのをご存知でしょうか。
この地図には何やら不審な点も多々見受けられるようなのですが、実際はどのような地図なのか見ていきましょう。
地図の概要
名称(日本語) | ヴィンランド地図 |
名称(英語) | Vinland Map |
製作時期 | 不明(15世紀もしくは20世紀) |
所蔵場所 | イェール大学(アメリカ・コネチカット州) |
作者 | 不明 |
材質 | ベラム(羊皮紙) |
大きさ | 縦21.2cm×横28.5cm |
「ヴィンランド地図」は「ヴィンランド」と呼ばれる北アメリカの一部が描かれている地図です。15世紀に作られたものと考えられていましたが、近年では偽造されたものであるという見方が主流になっています。もし本物であれば、コロンブスの到達以前にアメリカの存在がヨーロッパ人に知られていた証拠として、歴史的に極めて重要な意義を持ちます。
ヴァイキングとヴィンランド
まずはヴィンランドについて少し解説しましょう。
ヴィンランドは北アメリカの地名であり、ヴァイキング(800年〜1050年頃にスカンジナビア半島に住んでいた人々)のレイク・エリクソンという人物が名付けたとされています。この地名は『赤毛のエイリークルのサガ』や『グリーンランド人のサガ』という物語に登場します。
物語の中でエリクソンは1000年頃に北アメリカに上陸したとされています。
ヴィンランドという名前の由来は、「ブドウ(vin)の地」であると『グリーンランド人のサガ』内で説明されています。なお、このヴィンランドはカナダのニューファンドランド島であるという説が有力です。
レイフ・エリクソンのヴィンランド上陸は1000年のことですので、一般的にアメリカの「発見者」と言われているクリストファー・コロンブス(1492年)よりも500年近く早くアメリカの地に足を踏み入れていることとなります。
地図の歴史と議論
このヴィンランド地図が本物であれば、コロンブスによる到達以前にヨーロッパ人がアメリカの存在を認知していたことの証拠となり得ます。
現在では残念ながらこの地図は偽物であるという見方が主流となっていますが、どのような過程で地図は発見され、偽物であるとみなされるに至ったのでしょうか?その歴史を辿ってみましょう。
発見(1957年〜)
ヴィンランド地図は1957年に稀覯本ディーラーのローレンス・ウィッテンが手に入れましたが、その真贋については当初から疑問がありました。
贋作の可能性を捨てきれなかった理由としては、15世紀の地図にしてはグリーンランドなどの地形があまりにも正確であったこと、そして虫食いの穴がありました。
この地図は『タタール見聞録』と呼ばれる15世紀の写本に添えられていたものなのですが、地図と写本両方に見られる虫食いの穴の場所が一致していなかったのです。
そのため地図と写本でそれぞれ違う羊皮紙を使い、地図だけ偽造されたものであるという可能性も拭えませんでした。
しかし1958年に発見された『歴史の鑑』と呼ばれる写本によって、ウィッテンはヴィンランド地図が本物であると確信します。
それは『歴史の鑑』の表紙に空いた虫食いの穴がヴィンランド地図の穴と、そして裏表紙に空いた穴が『タタール見聞録』のものと一致したからです。
このことが示すのは、ヴィンランド地図と『歴史の鑑』、そして『タタール見聞録』がもともとは一つにまとめられたものであったということです。
そして地図はアメリカのイェール大学によって購入され、専門家たちによって地図が本物であると結論づけられました。
調査(1974年〜)
しかし技術の進歩もあり、1974年に行われたインクの調査によって再びその真贋が問われることとなってしまいます。
それは地図に使われているインクから20世紀のインクに使われている成分が検出されたためです。
こうしてその真正性が再び疑われたヴィンランド地図ですが、1985年に行われたインク調査では異なる結果となり、また議論を呼びます。
ヴィンランド地図の他の部分のインクから中世のインクの成分が検出され、また1974年の調査時に検出された現代のインクの成分は他の中世の写本においても検出されたのです。
そのため、インクの調査だけではその真贋を判断することが難しく、更なる議論や調査が求められました。
1995年には地図に使われている羊皮紙の年代調査も実施されました。
その結果、羊皮紙は1423年〜1445年頃のものであることがわかりました。
その後の議論
2013年には、地図の情報源に関する発表も行われました。
もともとヴィンランド地図はアンドレア・ビアンコによる1436年の世界地図を参考に描かれたものであると考えられていたのですが、実物は見つかっていないものの1782年に作られた地図を参考にしたものではないかという説が唱えられるようになりました。
また地図上の記述に中世風の綴りではないものが見られること、また1枚の紙に描かれた地図が写本内に収められているという形式が一般的ではなかったことなどから、現在ではヴィンランド地図が偽造されたものであるという見方が優勢になっています。
まとめ
コロンブス到達以前のアメリカが描かれた「ヴィンランド地図」を紹介させていただきました。そのポイントを簡単にまとめます。
POINT
- ヴァイキングが1000年に到達したとされるヴィンランド(北アメリカの一部)が描かれている。
- 15世紀の古地図と考えられていたが、現在では後世に偽造されたものであるとの考えが主流となっている。
- もし本物であれば、コロンブス以前のヨーロッパ人によるアメリカへの航海が15世紀のヨーロッパですでに知られていたことを示す史料となり、歴史的に重要である。
これまで多くの専門家の注目の的となってきたヴィンランド地図。偽物であったとしても今後の研究や調査に注目していきたいですね。
参考文献
ガーフィールド, サイモン (2014) 『オン・ザ・マップ 地図と人類の物語』黒川由美訳, 太田出版.
ルーニー, アン (2016) 『地図の物語 人類は地図で何を伝えようとしてきたのか』井田仁康日本語版監修, 高作白子訳, 日経ナショナルジオグラフィック社.
Clemens, Raymond. “Acquisition, Collaboration, Teaching: The Role of the Beinecke Library in Driving Research”. Bulletin of the Center for Historical Social Science Literature, Hitotsubashi University. 39: 13–18, 2019.
Vinland Map – Yale University Library
Yale putting high-tech tests to its controversial Vinland Map | YaleNews
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