日本でも大人気のヨハネス・フェルメール(1632?〜1675?年)は17世紀オランダの画家です。
『真珠の耳飾りの少女』や『牛乳を注ぐ女』などの作品が非常に有名ですね。
直近でも2018年〜2019年や2022年など、たびたび企画展が開催されています。
そんなフェルメールですが、彼の作品の一部には背景に地図や地球儀が描かれているのはご存知でしょうか?
今回はフェルメールと地図の関係について見ていきたいと思います!
17世紀オランダの美術
まずはフェルメールが活躍した17世紀オランダの美術について軽く解説します。
17世紀のオランダは海上交易や織物産業で栄えたことから黄金時代と呼ばれていました。
そんな時代において特徴的な絵画芸術が花開きました。
それは同時代にヨーロッパで多く見られたバロック絵画とも異なる、初期フランドル派から引き継いだ写実主義的なものでした。
パトロンはそれまで主流だった教会や王侯貴族ではなく、裕福な市民階級が主流となり、そのため絵画の主題も変わっていきました。
宗教や神話に関するものが主流だったそれまでと異なり、静物画や風景画、一般市民の日常を描いた風俗画など、人々にとって身近な主題のものが多くなっていったのです。
フェルメールのほか、レンブラントやフランス・ハンスなどが当時を代表する画家の一部です。
フェルメールと地図
このような時代を代表するフェルメールも風俗画を始め、数多くの作品を残しています。
彼の作品も非常に写実的で、壁などに描かれた地図は誰が作製したものをモチーフにしているか特定することができます。
以下、地図(や地球儀)が描かれた作品と、その中の地図を見ていきましょう。
士官と笑う娘
こちらの『士官と笑う娘』の背景には、オランダと西フリースラントの地図が描かれています。
これは17世紀オランダの代表的な地図製作者であるウィレム・ブラウが1621年に出版した地図です。
なお作製はB. F. ヴァン・ベルケンローデによるものです。
これが現存している実際の地図です。
文字や海上の帆船などを含め、フェルメールが非常に正確に描いているのがお分かりいただけると思います。
なお、この地図では西が上になっています。
青衣の女
こちらの作品にも先ほどの『士官と笑う娘』と同じ地図が描かれています。
一部しか写っておらず、また暗いのでわかりにくいかもしれませんが、よく見比べていただければ同じ地図であることがお分かりいただけると思います。
またこちらでは地図が金色に染められています。
水差しを持つ女
こちらの『水差しを持つ女』の壁にはネーデルラント17州の地図が確認できます。
元になったのは上の画像の地図です。
作者はオランダの地図製作者ハイク・アラルトです。
上の地図の製作時期は1671年とされていますが、フェルメールの絵画の製作時期が1664〜1665年頃とされていることから、現在は残っていないがそれ以前にも同じ地図が製作されていたと考えられます。
こちらの地図も西が上になっています。
リュートを調弦する女
1664年頃の作品『リュートを調弦する女』の背景にはヨーロッパの地図が掛けられています。
この地図は1613年頃にオランダの地図製作者ヨドクス・ホンディウスによって作られたものであることがわかっています。
同じくオランダの地図製作者で、「大地図帳」で有名なヨアン・ブラウも1659年に同じ地図を出版しています。
このように過去の地図を再び出版するのは、装飾としての地図の需要の増加を受けてのことだとされています。
絵画芸術
こちらの『絵画芸術』で見られる地図は、フェルメールが描いた中で最も大きく、最も凝ったものです。
ひび割れた表面などが見事に表現されていますね。
こちらの地図も『水差しを持つ女』で見られるものと同じネーデルラント17州を描いたもので、作者はクラース・ヤンス・フィッセルです。
これは地図の上部にあるタイトル部分に作者名が書かれていることから分かります。
地図自体は9枚のシートから構成されており、さらに絵画で見られるように上部のタイトルバンドや下部のテキスト、左右の街の風景を描いたなどのフレームが付く形となります。
しかし残念ながらこの周りのフレームは現存していません。
当時装飾用として人気だったこうした壁掛け地図は、『芸術絵画』の地図で見られるような装飾用フレームがあるものとないものを選ぶことができ、いわばオーダーメイドであったようです。
このクラースによるネーデルラント17州の地図を絵画の中に描いたのはフェルメールだけではなく、同時代のオランダの画家であるニコラース・マース(1634〜1693年)や、ヤコブ・オクテルフェルト(1634〜1682年)も描いています。
ニコラースが2点、ヤコブが4点の計6点の絵画に同地図が描かれているのですが、そのいずれにもフェルメールが描いたような街の景色の部分は見当たりません。
天文学者
『天文学者』と名付けられたこちらの作品は次に紹介する『地理学者』と対になるような作品です。
その名の通り、天文学者とみられる男性が天球儀の前に立っています。
彼のモデルは、同時代のオランダ人科学者であるアントニ・ファン・レーウェンフックであるとされています。
こちらの天球儀は他の地図と同じように特定可能で、1600年にヨドクス・ホンディウスによって最初に出されたものであることがわかっています。
また、彼が開いている本はオランダの地理学者・天文学者であるアドリアーンスゾーン・メチウスが1621年に著した『星の研究と観測』であると同定されています。
地理学者
『天文学者』と対をなす『地理学者』。
窓の外を見つめる地理学者の様子が印象的です。
彼もまたアントニ・ファン・レーウェンフックをモデルに描かれていると考えられます。
背景に見られる地図はウィレム・ブラウが出版した以下の地図によく似ています。
これは西が上になっており、ヨーロッパ全域の海岸線を描いた海図です。
地図上にはたくさんの航程線が見られます。
スペイン・フランス・ドイツの位置に描かれた紋章が印象的で、フェルメールの絵画でも確認できますね。
こうした紋章などの装飾から、当時の装飾としての地図利用の側面が伺えます。
棚の上には地球儀が置いてありますが、これは先ほどの『天文学者』と同じヨドクス・ホンディウスによるものです。
天球儀とこの地球儀は同時に販売されていたことがわかっています。
これと同じものが次に紹介する『信仰の寓意』にも見られるので、この地球儀に関してはそちらで詳しく解説したいと思います。
この他にも3点、地図と思しきものがこの絵画の中に見られます。
それが地理学者の足元に転がった2点の丸まったものと、テーブルの上に広げられたものです。
これらについてはさすがに特定が難しいのですが、テーブルの上のものに関しては海図であると考えられています。
また地図製作用の道具も描かれていることから、フェルメールが地図に関して、当時人気だった装飾的な側面のみならず、科学的な側面にも関心を抱いていたことが伺えます。
信仰の寓意
最後に紹介するのがこちらの『信仰の寓意』です。
先ほども述べたように、この作品では『地理学者』と同じヨドクス・ホンディウスによる地球儀が女性の足元に確認できます。
1600年に最初に作られたこの地球儀は、ホンディウスの死後の1618年と1627年にも再度作られました。
その中でもフェルメールの描いたものは1618年に作られたバージョンであることがわかっています。
2枚目の画像から分かるように装飾がよく似ています。
まとめ
フェルメールの作品とその中の地図や地球儀について少し掘り下げて見てきました。
それぞれにちゃんとモデルがあって、彼の写実的な画風のおかげもあり、それらが誰が作った地図なのか特定されていることを理解していただけたかと思います。
このように描かれた地図によってフェルメールの地図への情熱が伝わってきます。
その情熱は単に装飾としてのみならず、科学的でもありました。
そしてこうした絵画の中の地図は、オランダ黄金時代の繁栄に裏付けられた当時の人々の地図への関心の強さをも示しています。
参考文献
James, A. Welu. “Vermeer: His Cartographic Sources”, The Art Bulletin, Vol. 57, No. 4, 529-547, 1975.
コメント